「人生の輪郭となった長い旅」と彼は言う。そう、この壮大な旅の記録を文章と写真で表現したのは石川直樹である。彼は、日本写真家協会新人賞、講談社出版文化賞、土門拳賞、開高健ノンフィクション賞等、多数の受賞歴をもつ写真家である。彼が体験したこの旅はもう20年以上も前のことであるが、“旅”は終わることなく続いている。終わるどころか“旅”は彼の中で更に色濃くなり、更に深みを増し、年齢と共に熟成されているのではないだろうか。そして、写真家である彼の表現の中に確かに息づいている、と私は思う。この文章を綴っているほんの数日前のことである。彼のインスタグラムには、ヒマラヤの8000m峰ダウラギリ登頂の知らせが目を離せなくなるような美しい写真と共に掲載されている。間違いなく“旅”は続いているのである。
「POLE TO POLE」と名付けられた旅は、北極点から南極点までを一年かけて、できるかぎり人力の移動手段で旅をしていくという国際プロジェクトである。当時22歳の彼は世界中から集まった同世代の8人で北極から南極までを旅していく。スタートの北極点に立つまでには、サバイバルの技術からヨガの呼吸法まで、生きるために必要なトレーニングを受け、環境問題に関する授業も受ける。そんな中8人は徐々に打ち解けていくのである。そして、いよいよ北極からのスタート。ソリを引いて歩き続け、家ほどある雪の壁を乗り越え、ホッキョクグマと遭遇しながらも進んで行くのだ。更には自転車、ヨットをも使い遥かなる地球の果て南極を目指すのだ。軽快な文章と魅力的な写真が読者を“旅”の仲間として連れていってくれるのだ。いや、連れて行ってくれるという受動的なものではない。読者自らが能動的に“旅”の一員となっていくはずだ。そう、9人目のメンバーになるのだ。そして、ページを捲るたびに新しい風景に出合い、今まで知らない文化を感じ“旅”は続いていく。そして、2000年12月31日、とうとう南極点に立つ銀のポールに触れるのである。彼は、言う。「南極点の向こうにも、同じ空が広がっていました。地球に“果て”なんてなかったのです。」この“旅”を実際に体験した彼の言葉を読者はどう受け止めるだろう。その受け止め方は自由だ。そして、読者対象の小学生が“旅”に焦がれることがあっても不思議ではない。
「たくさんのふしぎ」(福音館)は、小学校3年生以上向けに毎月発行される雑誌である。1985年に創刊されたものであるから、もう30年続いていることになる。数多くの素晴らしい作品があるが、この1冊も必ずや記憶に残る1冊になることは間違いない。そして、誤解を恐れずに言おう。小学生だけに読ませておくのはもったいない。未だ少年の心をもつ大人に薦めたい、いや、少年の心を忘れかけている大人にこそ勧めたい、いやいや、そんなことは関係ない。すべての大人に薦めたい1冊である。更には、『完全版この地球を受け継ぐ者へ:地球縦断プロジェクト「POLE TO POLE」全記録』を読まれることをお勧めする。(評・JPIC読書アドバイザー糸井文彦)