世界自然遺産屋久島が舞台となっている本書。屋久島と言えば、屋久杉に代表されるように太古からの自然が色濃く残った場所であることは説明するまでもないだろう。しかし、それだけではなかったのだ。この島には異界への入口があり、数多くの怪異譚があり、それが現実と交錯しながら存在する場所だったのだ。オカルト雑誌の編集者の野村舞は、取材で訪れた屋久島で普通には信じられない出来事を体験する。その体験を共にするのは山岳ツアーガイドの狩野哲也らだ。はじめは、首をかしげるような奇妙な出来事が彼女らの前に繰り広げられるのだ。このあたりは、よくあるオカルト小説なのかもしれない。しかし、そこはさすが樋口明雄の小説だ。思いもよらぬ展開、リアルな描写、テンポよくストーリーが展開されていくうちに読者はこの異世界へといつしか誘われており、ページを捲る手が止まらない、“屋久島”のもつ魅力と不思議な世界がより一層物語を引きたてていく。彼女らが異世界へと迷い込んだ理由は?!一体世界遺産の屋久島で何が起きているのか?どんな結末が待っているのか!これは読んで頂くよりほかならない。
さて、筆者の樋口明雄は、日本冒険小説協会賞、大屋春彦賞、エキナカ書店大賞等を受賞する秀逸なストーリーテラーだ。殊に、南アルプス・北岳を舞台とした山岳小説「南アルプス山岳救助隊K-9」シリーズは、出版社の壁を越えて今も続く大人気シリーズである。彼の小説には犬が数多く登場する(本書には出てこないが)ことはひとつの大きな特徴であるし、小説の中で登場する自動車は、具体的な車種が詳細に語られるのも特徴だ。自動車に明るい人なら具体的な情景が目に浮かぶし、明るくなくても具体的な描写は臨場感溢れるものになるだろう。
また、筆者があとがきで述べておられるが、ご自身が幼い頃から“この世ならざるもの”に遭遇してしまうことがあったらしい。具体的なエピソードも語られている。このような体験が、本書に繋がっているのは間違いないし、それだけに単なるオカルト小説ではなく、“異世界”はもしかしたら、我々のすぐ隣にあるのかもしれないと強く思わせる説得力があるのである。
さて、最後に付け加えておきたいのは、本書は、昨年角川春樹事務所より刊行された「帰らざる聖域」との姉妹本であり、登場人物が共通する。樋口明雄の新たなシリーズの始まりかと期待が更に膨らむ。こちらも合わせてお読み頂ければ楽しみは倍増すること間違いない。