山岳小説というジャンルがある。古くは新田次郎を想起する人は少なくないだろうし、夢枕獏、笹本稜平、沢木耕太郎、馳星周、樋口明雄等、大倉崇裕・・・等、個人的に好きな作家も数多い。その中で、幾度となく繰り返されてきた問い「人は何故山に登るのか。」永遠に繰り返されるこの問いに、新たな言葉が紡がれたといえるのが本書である。
本書では、3人の女性のそれぞれの生き様が冬のデナリ(旧マッキンリー)を軸として描かれていく。その背景としてのエピソードは、地球温暖化によって海岸線が侵食され、近い将来沈んでしまうであろうアラスカの島に住む2人のリタとシーラ、そして、その島サウニケの1葉の写真に魅せられて写真家を目指す緑里の出会いから始まる。山岳小説やその周辺に興味をもっている読者ならすぐに気づくが、これらの設定は、アラスカに生き、43才という若さで熊に襲われて亡くなった星野道夫の体験をオマージュしたものであろう。また、夢枕獏の「神々の山嶺」のマロリーのカメラの謎の挿話が想起され、写真家という設定は、その登場人物深町誠からインスピレーションを得たものであろう。これらが分かっていたらより一層理解が深まるかもしれないが、知らなくても心配はいらない。それだけ、本書にはオリジナルとしての読みどころがあるからだ。
現在と過去を行き来しながら進められる物語に、いつしか読者は惹き込まれている。読者は、彼女達の言動に共感したり、疑問を持ったりしながら、そこに自らを重ねることになるかもしれない。そして、気づけば最後の登攀シーンには全力で応援していることだろう。題名の「完全なる白銀」(パーフェクトシルバー)という言葉にも着目しておきたい。本書「完全な白銀」は、主人公である藤谷緑里の成長物語の側面があると思う。続編を期待するのは私だけではないだろう。
作者である岩井圭也は、1987年大阪府出身である。2018年「永遠についての証明」で第9回や世時代フロンティア文学賞を受賞し作家デビュー。著書に「文身」「水よ踊れ」等多数。新たな山岳小説の旗手の登場に山岳小説ファンならずとも期待せずにはいられない。(JPIC読書アドバイザー)