“サンズイ”聞きなれない言葉がタイトルとなっている本書。サンズイとは、警察用語で“汚職”のことである。“汚”の漢字の部首からきていて、ほかには、詐欺は、“ゴンベン”、偽造は“ニンベン”とも言われるようだ。また、警察小説を読まれる方にとっては説明の必要もないだろうが、犯人のことを“ホシ”事件のことを“ヤマ”とも言ったりする。
さて、本題である。本書は、笹本稜平による警察小説である。警察小説は数多くあり、主人公が巨悪を追い詰めていくものは珍しくはないだろう。また、それが王道ともいえるだろう。更に、主人公が様々な危機に直面するものも少なくはないだろう。しかし、本書の読みどころは、冤罪により追い詰められていく主人公が警察内部の刑事である点である。主人公の園崎は、“サンズイ”を担当する捜査二課の刑事である。総務大臣候補の大物議員である桑原、そして、やり手の秘書大久保をあっせん収賄容疑で追っている中、妻子がひき逃げされるという事件が起きる。しかも、その容疑が園崎本人に向けられ、追い詰められていくのだ。さて、彼はその冤罪を晴らし、真犯人をあげることができるのか。派手なアクションがあるわけではない。しかし、どんどんストーリーの展開がテンポよくなり、思いもしない出来事がページを捲る手を進めていくのだ。たった1人では心許ないが、信頼できる仲間がいることがなんとも心強く、いつしか読者は彼らを応援する気持ちが強くなっていくはずだ。結末をここで明かすわけにはいかないが、笹本良平の小説には共通するものが感じられる。
それは、人としての矜持である。形こそ違うが、それぞれの主人公が己の信念を貫く生き方を全うしていることが読者に伝わってくるのだ。笹本稜平は数多くの警察小説、冒険小説、小説を遺している。“遺している”と表現しなければならないことが甚だ遺憾であるが、彼は2021年11月に急逝された。生前、「読んだ人に希望が残り、この世もそう捨てたもんじゃないと思えるものを書きたい。」とおっしゃっていてそうだ。ここからは私見であるが、彼の数多くの著作が大好きで、特に山岳小説は、食い入るように読んできた。今になって思うが、彼が残した言葉通り、読後感は、確かに“希望”を感じられ、心の奥底に染み渡るものであった。もう新しい作品に出会えないのは残念でならないが、もう少し未読の作品を楽しみたいと思う。
最後に、遺作となった「山狩」は、山岳×警察小説となっている。また、「サンズイ」の登場人物がここにも登場している。もしかしたら、新たなシリーズ作が生まれていたかもしれないと考えると、なおさら残念でならない。是非、こちらもご一読をお勧めする。